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atatakaku

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あたたかく、つつまれて

生きたい。

そのために私はさまよう。


他人との間にそれを見出そうとし、自然との間にそれを見出そうとする。

しかし、他人はひとりひとり自分に夢中なだけ。

自然はどこまでも必然に動き、時には冷淡に私の意識と対する。


人と自然の摂理のなかで生きていくしかないのに、

両者は私にいつもあたたかさをくれるとは限らない。


そこに、人として生まれたことの、どうしようもない孤独がある。

享楽でその孤独を埋めていくことはできるが、

享楽だけを求め生きてゆくとき、

最後に待っているのは、それをもっては拭うことのできない

老いて、病んで、死んでゆくという私たちの事実。





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daily // 2011.01.06[Thu] 17:05 // Top

確かなもの


人に確かなもの

この世に生まれたもの誰にとっても確かなもの

それは、何だと思う?


それは何も確かではないということ。それだけが確か。

私が考えたことそれは何も確かではない。


しかし、それが分かっていることは確か。

それだけが確かなもの。。。
daily // 2010.11.11[Thu] 22:45 // Top

何もなく、

何も変わらない。


しかし、僕は何かを持ち得て 何か変わっていると思っていた。




一日の帳が降りるころ「全てをリセットしたい。」

そんなことを思っている人は地球上にどのくらいいるのだろう。



何もない。

今の自分に根拠も自信も観測も。

でも、そこが立ち位置であるべきなんだ。



君とやっていけるかどうか

そんなこと誰も分からない。

でも、ある意味なるがまま。そのなかでも、君と芯でつながり合いたい。

つまらない、培われた偏見、日々の欲望を超えて。


そこだけを僕は目指して、考えています。








daily // 2010.08.23[Mon] 01:52 // Top

A DIVORCE

通じ合いたいとも思わず、
離れていった人はたくさんいたけれど、

通じ合いたくても通じ合えない。
そんな感覚は はじめてだ。

しかし、まだあきらめない。
だめかもしれないけれど、
僕は君と出会いたい。
世間のしがらみや、お互いのつまらない自己中心を超えて。



なるほど、
よく「君に出会うために僕は生まれてきた」というふざけたラブソングがあるが、

あながち間違ってはいないな。

僕が一人の人と ほんとうに 出会う。
その難しさ。
しかしそこにのみ、そこにこそ、光はあって、それを僕も目指したい。
daily // 2010.07.25[Sun] 02:04 // Top

FLAT

この世界に偶然生まれ合わせて、何かの拍子で一緒に暮らすことになりながら、

本当の意味で出あっていけないなんてどうにかしてる。


この地球に偶然生まれ合わせた人々が、

自分の享楽だけに終始して、独り生まれ独り死んでゆくなんてどうにかしてる。


これを超えるものを見出す。

daily // 2010.07.06[Tue] 18:52 // Top

ふと

ふと

今感じた感覚と昔感じたものとがつながること。

たとえば、

春の夕暮れ 窓からの少し肌寒い空気と、夕飯のにおい。 大気の音。 につつまれる感覚。



何かと何かがつながってものごとは成り立つ。

自分の中では昔と今の感覚がつながり、

記憶がつながり、

脳細胞の神経と神経がつながり、思考を生み出す。


人と人もつながって、やっと一人の人となる。


物質とは原理的につながろうとするものなのだろう。

「物質」から独立した「人」もその性質を受け継いでいる。


自分とつながり、人とつながる。

それを目指してるんだな。


こうやって、アルコールで理性が薄くなって、少し気持ちいいときも、

それはたぶん、自分というものから離れようとしているからじゃない。

むしろ、理性というものを追っ払って

ほんとうの自分とつながろうとしているんだ。





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daily // 2010.04.30[Fri] 22:25 // Top

無力

人のこころは

ふしぎ。


他人のこころはわからないし、

自分のこころもあっちへこっちへ。


流され流され、自分の決断か、決められていた決断か。

私に独立した意思はあるのか。それとも全ては 絡み合った縁か。



たぶん どちらでもないと言えるところに光がある。


そもそも私なんていない。

「私」とは、自分を成り立たせるための「仮定」。

そして私は自分の意思で生きているというよりも、生かされている。

水、空気、山、動物、草、太陽、風、言葉、親、仲間、たちによって。


そういう意味では私は縁によって作り出されているもの。自分の意思もその縁から湧いてくる。



でも、その真理では人間自身の解決にはならない。

自然の中の「私」という、異物はそのまんま。



そこを もう一歩こえていかないと。 
daily // 2010.03.23[Tue] 22:35 // Top

ねむれない君のために

眠りとは 今日の終止符。

 
充実した一日なら、今日という日がちゃんと完成し、終幕を迎える気になる。

しかし やりきれない日なら、そのまま一日の幕をおろす気になれない・・。

こんな一日が私の一日であるはずがないと・・。

こんなはずじゃない・・このまま終れない・・だから、眠れない。


 
君に 何もする気がおきなくて 毎日やりがいがなくて 生きている確かな実感がなくても、

君の根っこは そんな君が本当の君でないことを知っている。

それが 眠れないというかたちで現れるんだ。


だから心配しなくてもいい。君の奥底には確かに力が宿っている。

いつかいつかと、君自身を本当に生かそうと待っている。


君はただ今できる事をやればいいんだ。

そうすると、やがて君の奥底の根っこの力が 君自身とともに歩き出す。


daily // 2010.03.09[Tue] 10:44 // Top

酔生夢死

憧れは尽きず

他人に酔い ときには自分に酔い

人は変わろうとし あるときは 少し変わり

しかしどうにもならないときがほとんどで


それは本当に私のことでありながら私の手の及ばない領域





私は

私のコントロール下にはない


しかし 自分で生きていると

錯覚し

夢を見ながら人は死んでゆく



生に酔い、夢の中で死んでゆく

全ての問題の原因はここにある
daily // 2010.02.20[Sat] 22:36 // Top

spotlight

早朝

重い空気の電車に揺られ

上司に愛想笑い

つれない顔をして事務を終え、

ときにはこじんまりとした達成感をお土産に

家でおつかれの缶ビールを飲んで、

テレビを見て、



・・・その全ての自分に主役としてのスポットライトが当たっていると考えてみる。

朝起きてから夜寝るまでずっとスポットライトが当たっていると考えてみる。

時には少し肩の力も抜きたくなるかもしれない。それはそれでいいじゃない。主役にもそういうシーンは必要だ。


でも、そういうことでしょ。

この世界という舞台ではほかならぬ僕が主人公なんだから。

僕にとっての主人公は僕なのだという事を、

スポットライトは少しのずれも無くいつも僕を照らしてくれている事を、忘れてはいけない。


そう考えると、またふるい立っていけるでしょ。


daily // 2010.02.04[Thu] 12:25 // Top

見る。

日本という温室にいると

想像力はなくなってゆく・・

世界の構造は 考えているより混沌としていて

人は 考えているより やさしくそして残酷。



幻の花火しか見ない僕たち。

世界はどうかという前に、当人はどうかということ。

スクリーンに光をあてる映写機のように、見えてくる映像の前に何がそれを映しているかが大事。

自分は世界を見ていると思っているけれども、

結局自分が反映された世界を見ているということなんだ。


daily // 2010.02.04[Thu] 12:06 // Top

一歩

「自分さえよければそれでいい」

そのことに悲しささえかんじない。



ひとりよがりのどうしようもない文字を綴る私と


そして、テレビからは二義的な話題に終始する政治ニュース。



いくら異国でたすけを求めている人がいようとも、

いくらたまたま私が恵まれた国にいることが分かっていたとしても、



一歩も動かない私たち。



少なくとも私たちに必要なのは、そこから始まる謙虚な姿勢。




daily // 2010.01.17[Sun] 11:45 // Top

きっと人は・・・

U2
radiohead
radwimps
muse
duftpunk
QUEEN ...


自分の思いのまま

スネアとハイハットとうねるベースラインと歪むディストーションにのせて

その感情を吐露できるロックスターを心からうらやましいと思う。


rhythmは人間の力強さ

melodyは人間の悲しさ

halmonyは人間の愛


きっと人は 思いっきり自分を表現すること

そのことを求めて生きている。








ああ もういい加減

この世界の正体をつきとめなければいけない

僕たちは生まれてきて

いったい何をしているの

するべきことはこの一つしかない

こんな分かりきったこと

いつの間にか忘れ

人という種は長い間受け継がれてきた。

何のために種は必死で子孫を残そうとするかも

結局これ以外ないんだ。


隠されたトップシークレット

そこに思いを馳せることが人の文化の根幹であるはずなんだ。



daily // 2009.12.22[Tue] 00:22 // Top

どんなに 日々の生活でいっぱいになり、それ以外のことを考えたくなくなっても、
そう、こうやって 画面に向き合って 
落ち着いて キーボードを動かすような 
そんなことにたとえ気持ちが向かなくても、



僕たちには譲れないものがある。



耳をすますと その声が聞こえてくる。



その声は 
日々 惰性になってしまう 私のうつろな現実からのものではなく


僕たちの 存在の

根源からの声。



私というのは ひたすら永遠に 楽な方向に向かって進もうとする

それが 自分の声だと思って その自分の声のまま生きるべきだと それが自由に生きることだと 



しかし そこに何故か むなしさはやってきて 

人の一生は 寂しく おわる。



本当に気づくべきは、

もっと

奥の

奥の

声。

いのちの声。

daily // 2009.12.07[Mon] 20:50 // Top

きめつけ

日々、私というものが続いてゆくのではなくて

毎日少しずつ私は生まれかわっている。

「決め付け」によってどれだけ、良いことがあったか。

そこには、自分を縛るものしかなかったのではないか。

「決め付け」とは所詮私の愚かなひとりよがりなのだ。


常に新しい自分に生まれ変わるその集合体をまとめて「私」というとき、

「私」は前の自分によってなされた「決め付け」が、今あっけなく崩れていくのを見る。


「決め付け」なくても生きられる世界を生きたい。
daily // 2009.11.19[Thu] 20:37 // Top

ゆくえ

みんなそれぞれ精一杯じぶんを守ろうと  じぶんのかちかんを構築しようと  する。



しかし振り返ってみれば  その時々の事象に振り回されているだけだったじぶんがみえる。



時を殺す生き方しかしていなかった。



はたしてそこから抜け出すことはできるのか。



それが  人として生まれてきたことの根本問題。



つまりは、今を生きるということ。



しかし、言葉では表せるが



おそらく  人  という性質は



どこまでも今から逃げようとしてしまうものらしい。



そのコントロールはできない。



その事実をただみつめることしかできない。



た だ 一点の 希望 は、



本当のことを知りえない、 自分が世界の中心であるしかない 人 というものが



なぜか この事実を知りうるということ。



daily // 2009.10.05[Mon] 22:12 // Top

motivation

気がつけば怠けてしまって

そこに甘えて

それだけになりそうなとき。

いやいや、こんなことじゃないんだと。


ぎりぎりのところで踏みとどまれる一点は確かにある。


少しでもスキがあると怠けて言い訳をつくって臆病になって、そういうものを引きずりながら

そんなどうしようもない自分でも

逆にそれを根拠にするところにこそ、そんな自分を立場とするときにこそ

微かにではあるが生れてくる熱いエネルギーを 感じろ。


自分のどうしようもないところをかみしめていくとき

今の自分から逃げないでいるとき

そこにはおそらく

光が射していて


そのとき

「吹けば飛ぶような僕らの意欲」

でなく、

真の意欲 と

呼べるようなものに

突き動かされる。



daily // 2009.09.23[Wed] 21:23 // Top

そ の

その時

を 過ぎれば

その時のことは いくらでも 考えられる。

もう少しこうしとけばよかった。

ああ、僕が ちょっと強がっていた。 などと。



でも、だから次は こうしよう ああしようと思っても、

それは結局 その時意外の時に考えたことだから



また どうしようもならなく 後で公開するような その時は やってくる。




これはループ?

それとも少しは良くなっていってる?
daily // 2009.08.19[Wed] 22:23 // Top

この世界

なんだか少し分かったつもりになって

でもそれが、全部覆されてしまうような

なんだか小さい意味になってしまうようなことが

全く違う方向からやってきて


そんな繰り返しによって

自分の思いの不確かさというものを

思い知らされる。

でも、それはやはり繰り返される。





あのこたちの

まっすぐの眼差しは

やはり輝いていて

希望だった





daily // 2009.08.10[Mon] 11:57 // Top

すくい。

マイナスの方向に

自分の思いをこえたことが

ふりかかってくるとき、

すこし落ち込んで、しかしそれでも何とか自分を正当化し背伸びしようとする自分がみえた。



日々自分を正当化し、もう少しよい自分こそが本当の自分なんだと、

それをエネルギーにして生きるということは

結局、自分から迷いの世界に入っているということ。

今を誤魔化しているということ。

今から私から逃げているということ。



その自分の正体をしっかりとみていかないと。



それは 開き直りとかではない。

たとえ僕たちが、気がついたら今ここにいたような人生を送ってきたとしても、

その事実にこれから日々気づいていくときに、

その まなざし

があるときに、

その まなざし

に すくわれる。



その まなざし は

きっと

永遠から

僕たちへの

贈りもの

だから。


永遠の発見

そして、そこに生きるとき

日々の今が

いきいきと

よみがえる。

daily // 2009.07.08[Wed] 17:55 // Top

ひと。

少しずつ日々は過ぎていき

僕たちは それぞれ 

「わたし」という入れものの中で

そのときのベストを選択しつつ

不安と

希望の

あいだを揺れ動きながら

なんだかんだいって

せいいいっぱい生きている。


でも、僕たちの一生とは

ただそれだけなのだろうか。

毎日の一喜一憂、

    損した得した、

    うまくいったうまくいかなかった、

それだけで、ただ日々は暮れていくのだろうか。

それだけに、ただ振り回されるのが僕たちの生まれた意味なのだろうか。


それを打ち砕くような

本当の生きる意味を身をもって示してくれるひと。

つまり

その人の与えられた人生というものにその人自身が真正面から責任を持っているひと。

名もないが、人生をしっかりと生き抜き

死ぬとき

本当に満足して死んでゆけるひと。


そんなひとに出会えるかどうか。


それが、

「わたし」という入れものにおさまっていただけの孤独な生に終わるかどうかの

さかいめ。

daily // 2009.06.24[Wed] 21:20 // Top

ne-iro

太陽が山の向こうに帰り、

闇の時間がやってくると、

この場所では

荘厳な音色がサラウンドで響きだす。


あの 街中にいたときの、生活音はない。

眼をとじて その音の先にみえるもの

あのときは、 

ただ

人の蠢きがみえた。


今は、

いのちたちの崇高な

願いがみえる。


闇という 透明な 永遠の空間に それぞれのいのちが

全存在を響かせる。


その 音色 と 調子 と 合奏 と 広がり は、

ダフトパンクよりも レディオヘッドよりも ラフマニノフよりも ビートルズよりも 

やはり 深い。


音色とは 空気の震え

       心臓の震え

       いのちの震え

daily // 2009.06.15[Mon] 21:35 // Top

この世界に生まれて

こんなことを考えることも つい はずかしくなる

ような 雑多な日常。


人は

生まれて

楽しいことを探して、

心地よい処を探して、

そしてそのままほおっておけば

ある人はそれに答えを見つけたつもりになって

ある人はそれがまったく見つからず絶望して

それぞれの世界を生きる。


答えなんて ない。

でも事実は ある。

人生に目的などないが、いまどういうものとして僕たちが生きているか という事実。

ただ、自分がかわいく、自分の欲求のままに動かされるしかないものであるという、

事実 が ただある。

それぞれの世界をいきるものであるという、

事実が ただある。


それが分かっていたとして、それ以上自分に何ができる?
daily // 2009.06.08[Mon] 21:36 // Top

ひとつのかたち 2

そのかたちとは おそらく ある言葉

人は言葉によってものごとを区切る

考えは必ず言葉によってなされ

言葉のないところに考えはない

だから

そんな僕らのとりとめのない日々の考えの中に

日々の言葉の中に

日々の生活の真っ只中にとどくように


それは同じ言葉ではあるが

自分たちの言葉ではない言葉

真実が具体化した言葉


その言葉が人類の歴史のなか受け継がれ

その言葉に生きた人がいた


おそらく今はどこかに埋もれている

あるいは古くさいものとして目も向けられていない


真実を見ようとしない現代だからこそ

それは見向きもされない

でも 真実を見たい人の前に

その言葉は光となって現れる


のではないかと考えてみる


僕らは先人の思索の歴史を読み解くことを忘れている




daily // 2009.05.27[Wed] 21:39 // Top

ひとつのかたち

久しぶりに空を見上げた。

ああ、また忘れていたんだ。

この宇宙のなかで生きていたことに。

いつのまにか、また地球表面の目の前のことが全部になっていたんだ。


それはもう、相変わらずの儀式のように

何十回目かのこの思考の工程を

そんな自分を少し軽蔑しながら、

でも愛おしみながら、

また何十回目か見つめる。


人間はどこまでいっても

欲望の存在だから、

そんな自分たちにもとどくような

ひとつのかたち

として

ひっそりと、でも脈々と

伝わってきているのではないかと、考えてみる。


もし、人類に可能性があるとしたらそれ以外には考えられないから。
daily // 2009.05.14[Thu] 23:05 // Top

seki-ninn

「この時代に生まれてきたことは

          私の責任である。」

・・・という言葉に、なるほどと思った。


この時代を対象化し、ああだ、こうだというのではなく、

この時代自体を私の責任として受け止めていかなればならないということ。


私のこの身は、多くのつながりのなかで、この時代、この社会に産み落とされた。

もちろんそれは私だけのことではなく、この世界にいる全ての人にいえること。

そしてその人たちの集合体が社会であり、その移り行きが時代。

私たちの身というのは、そのつながりによって生まれ、

そのつながりのなかでしか、成立しない。

父と母がいなかれば私はいないし、

今この瞬間空気がなくなれば生きられない。

つまり、この身というのは

どこまでいっても つながっている。


しかし、この身のうえにちょこんとのっかているだけの

私の思いというのは、

私を独立したものとして考えたがる。

身はつながりを生きているのに、

自分の思いだけが 自分で生きていると思っている。


自分の思いというものも、

つながりのなかで生み出されているものなのに。




この時代に責任を持つということは、

たとえば、

この時代のなかで誰かが犯罪を犯す。

それを、ただ悪いやつだ、何をやっているんだ

と、他人事にしてしまうのではなく、

だれでも、私でも、そのときの状況、そもそもどうしようもなく与えらているそれぞれの性格など、

そのときのつながりによって、犯しうるものだという視点。

自分の思いのうえに私が立つのではなく、自分の身の事実のうえに私が立つ。


その人を、この時代を軽蔑して、

他人事として、

対象化して、

見るのではなく、

誰もが抱えている問題として、

悲しむということ。

哀れむのではなく、悲しむ。

その人を悲しむというよりも、

我々人間誰もがもっているもの自体を悲しむ。

それが、私が考えた責任。



しかし

重く暗い

のではない。


だって、もし人と本当に出会うということがあるなら、その時。


そして、私がこの時代の大地に足をついていられるのも、その時。






daily // 2009.04.24[Fri] 22:48 // Top

「今」への収束

もっとよい自分になろうということは、

自分を変えようと思うことは、

生活のエネルギーになるけど、

空回りにもなる。

変われることもあるけど、どうしようもないときもある。

それが、私のじじつ。


がんばることも大事だけど、

ゆるす事も大事。

ゆるしながら、がんばる。


がんばるだけの向上心は、

イヤな自分を見離すということ。

それは、他人にたいしても同じこと。

イヤな自分をきらって、

イヤな相手をきらって・・・


ぼくらは、

好きな自分があらわれるのを待っている。

でも、

どうしようもならないところもあるという私のじじつ。


ぼくらは、

好きな相手をかき分けかき分け探す。

でも、

かき分けて見離した相手もその人自身どうしようもないものを背負っているというじじつ。





それが人間なんだ


って思って、

イヤな自分もやさしいまなざしで見ていけるとき

私はやっと・・・

未来に生きるのではなく

今を生きる。


すると、相手もやさしいまなざしで見ていける。

だから、私は

相手と共に今を生きる。





・・・でもたぶん、最後の一点で今に辿りつくことはできないんだ。

イヤな人はやっぱりイヤかもしれない・・・ (--)

だけど、限りなくそれに近づいていこうとする方向と歩み。

それが「今」への収束。



ゆるし のなかで 

がんばる 

ということ。
daily // 2009.04.20[Mon] 21:34 // Top

koto ba

ほんとうのことを言っている。

愛のある言葉をかけている。

そう思っていることが、

まよい。


自分の出すことば。

それは全部、

自己主張、 自己満足、 愚痴。


けっきょく、じぶんのDNAを残すために生きてるんだから。

DNAを守ることが第一。

だから自分を守ることが第一。

自分の居場所を確保することが第一。


人へのやさしい言葉。

それは一見、

愛のかたち。


でも、そんな単純なものではない。

それも、結局自分を守るため。

より居心地のよい場所に

自分が安住したいため。


でも、そこで投げ出すのではなく・・




その事実に日々気づかされていく自分が

そんな状況で

だからこそ

声をかけていくということ

それが


大事。
daily // 2009.04.19[Sun] 08:18 // Top

白黄赤緑紫


何がしたいかの前に 自分は何をするべきか

何をするべきかの前に 自分は何ものなのか



しかし何ものか分からなくて 



しかしそこで改めて 

そんな自分が

自分にどういう態度をとるか

あいてにどういう態度をとるか


daily // 2009.04.13[Mon] 22:00 // Top

散 かわりめ

ふいに風が通り抜け、小さな花びらたちは舞った。
 
小春日和、

僕はそれをただ見上げている。


それは・・

・自分のなかの出来事ではあったが、

もはや自分に属していることではなかった。


そういう立場になったのだという実感を胸に、

しかしそれは不思議なことではない。


なるべくして、そして僕自身が望んでいたことなのだ。

そのままの自分、

それがそのまま新しい自分として、

今 歩こう。



daily // 2009.04.08[Wed] 21:31 // Top
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